能の演目『鉄輪』愛は憎しみと紙一重|妻の悲しき執念、取り戻せなかった夫の愛

能には、激しい嫉妬を題材にした演目があります。

ご紹介する「鉄輪(かなわ)」は、夫に裏切られた女の悲しく憤懣(ふんまん)やるかたないお話です。

わたしには、この女の気持ち、よくわかります!

同じ女性ですからね。

「鉄輪(かなわ)」は、初めて能を見る人にもわりとわかりやすい演目です。

つくりものとよばれる小道具が出てくることや、女の嫉妬がテーマになっていること、女が鬼に変身することなどから、

細かいストーリーがわからなくても感覚的に味わえる演目です。

能の演目『鉄輪(かなわ)』のあらすじ

貴船神社は水の神様、縁結びの神様
貴船神社は水の神様、縁結びの神様

夫に捨てられた妻が、夫と新しい妻に復讐するお話です。

京都の町中に住む女が、京都の郊外にある貴船神社(きふねじんじゃ)に丑の刻参り(うしのこくまいり)をしています。

女を裏切って新しい妻を迎えた夫に復讐するためです。

そんなとき、貴船神社の神様のおつげがあり、鬼になればうらみを晴らすことができると告げられます

いわれるとおりに、頭に五徳(ごとく=ガスコンロにのせて使う鉄製の足のようなもの)をのせ、

ろうそくの炎をともし、顔には赤い色を塗り、たちまち鬼の形相(ぎょうそう)へと変身します。

その姿で、男と新しい妻とが住む京都の町中の家へと向かいます。

 

一方、夫である男、近ごろ悪い夢ばかり見て、寝付きがよくありません。

何か悪いことでも起こるのではないかと、夢占いの解読を陰陽師である安倍晴明(あべのせいめい)に相談していました。

 

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晴明神社の安倍晴明の銅像

 

安倍晴明(あべのせいめい)は、女の怨念(おんねん)が男の命を奪いそうになっている!と告げます。

男は、前の妻を捨てたことに思い当たるふしがありました。

早速、祈祷の準備をして、今夜女を待ちます。

 

さていよいよその夜、鬼と化した女がやってきました。

棚に置いた男の身代わりの烏帽子(えぼし=男性がかぶる帽子)、新しい妻の身代わりの鬘(かずら=女性の髪)におそいかかります。

実は、烏帽子とかずらは夫婦関係のメタファー(隠喩)です。

烏帽子とかずらは、男と女、つまり夫婦がともに同じ布団で寝ている様子(=性的関係)を想起させるものです。

珠緒
意味ありげに置かれていますから、舞台で見るときは注目してみてください

 

しかし、鬼女の復讐(ふくしゅう)もむなしく、安倍晴明の祈祷力によって鬼女は退散するのでした。

いずれまた恨みを晴らしにくると言い残して。

能の演目『鉄輪(かなわ)』の感想

鬼女の力強く足踏みをする様子から、いきどおりと悔しさが伝わってきました。

能ではしばしば、足踏みで怒りや感情を表現する手法が見られます。

 

恨みと嫉妬、悲しみと憎しみ、負の感情がぐるぐるとうずまく愛憎の物語です。

メラメラと燃える復讐の炎の中に、愛情の未練が悲しく尾を引いているのが感じとれます

憎いけど悲しい、

女は鬼になっているけど、心の悲しみが伝わってきます。

愛情と憎しみの相反する感情、やるせないいきどおりが、人間の悲しい性(さが)をまざまざと見せつけられます。

持っていきようがないどうしようもない気持ち、

悲しく心揺さぶられました。

能の演目『鉄輪(かなわ)』の特徴と見どころ

愛と憎しみは紙一重

深い恨みから生き霊となった悲しき鬼女。

愛情が深ければ深いほど、裏切られたとき、憎しみの感情へと変わります。

裏切られた悲しみと夫への未練、相反する感情が同居する姿が見ものです。

 

嫉妬に狂っているのですが、まだ夫を愛している気持ちもあり夫を呪い殺してやりたいけど、情の深さがそれを邪魔する

憎しみの中に、愛情の深さが垣間見えるやるせなさが、見るものを悲しくさせます。

そう考えると、鬼の形相(ぎょうそう)をしていても、最後の理性を保っているということになりますね。

いや〜鉄輪の女って、最後の一線を越えない(夫を殺さない)抑圧された精神状態やな〜って思いますね!

 

実生活でも、そんな気持ち、長く生きていれば経験があります。

愛情の深さは憎しみと裏返し。

 

わたしも夫と口論したときなど、愛情があるから憎らしい。

他人であれば知らんふりしてスルーできるものでも、家族だからスルーできない。

相手を憎らしく思う経験もしてきました。

 

子育てに置きかえてみても、かわいさ余って憎さ百倍ともいいますが、

かわいいと思う気持ちが強ければ強いほど、反抗されたときなど憎たらしい!!と思う気持ちは世の親なら、わたしを含め多くの人が経験することだと思います。

このように、愛情と憎しみは紙一重です。

 

珠緒
紙一重、危険ですね!紙一重を制御(せいぎょ)するのは「理性」です。

五徳の炎は愛憎の炎

鉄輪(かなわ)とは、五徳(ごとく)のことです。

現代でも、ガスコンロに鍋を乗せる足として残っていますね、あれが昔でいう「鉄輪(かなわ)」です。

金でできた輪状のものですね。

その鉄輪にろうそくの火をともし、裏切った夫のもとへと恨みを晴らしに向かいます。

異様な姿です。

揚げ幕が上がって能舞台の橋掛かりを進んでくる姿にゾッとします。

 

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鬼気迫るものがあります。

頭にのせたろうそくの炎は、メラメラと燃える女の執念に見えます。

髪は逆立ち、面には悲しみの色がにじみます。

怨念(おんねん)と悲しみが入り混じった表情を、能面や動きから感じ取ってみてください。

 

つくりものを味わう

舞台の小道具を、能では「つくりもの」といいます。

想像でみることが多い能ですが、つくりものがあることで理解もしやすくなりますね。

鉄輪(かなわ)は、つくりものが出てきます。

 

新しい妻を迎えた男の家では、祈祷の際、棚に烏帽子とかずらが並んでいるのですが、これは男性と女性の象徴で、

なおかつ並べて置くことで、夫婦がともに同じ布団で寝ている様子(性的関係)を連想させます。

 

つまり、間接的に、鬼女は、同衾(どうきん=男女が同じ布団で寝ること、ベッドイン)している夫と新しい妻を襲ったことになります。

 

他にも女の装束(衣装)は、金や赤をつかった鬼女らしい派手めの衣装から、鬼らしさを味わってみてください。

能の演目『鉄輪(かなわ)』縁切りはかなわなかった

安倍晴明(あべのせいめい)が祈祷の力で神を呼び寄せ、鉄輪の女の恨みのパワーを阻止(そし)しました。

結局、女は、夫を取り戻すことはできなかったのですが、

次も機会を見計らって必ず復讐(ふくしゅう)にくるといって退散したことから、またやってくるでしょう。

夫と新しい妻の縁を切ることはできなかったのですが、

新しい妻は、前妻の恨みをおそろしく感じたことだろうと思います。

同じ女性として、ここまで夫のことを愛していた前妻から夫を奪ったことを申し訳なく思っているでしょうか。

現代風にいえば、不倫ですよね、まぁ、籍を入れているか否かはおいといても。

次も来るぞ!どうしよう?と夫と新しい妻は相談しているのではないでしょうか。

そんな余韻を残して、演目は終わります。

鉄輪にゆかりのある鉄輪の井戸

鉄輪の井戸
今も京都の街中にひっそり残る鉄輪の井戸、女はこの井戸に身を投げたと伝わる。

京都の町中に今も残る鉄輪の井戸は、鉄輪の女と男が住んでいた場所にあります。

鬼女になった女は、この井戸に身を投げたといわれています。

縁を切りたい人にこの井戸の水を飲ませると、縁切りがかなうといわれていました。

しかし、今では水をくめないようになっています。

それでも縁切りを願う人が密かにおまいりする井戸として、知る人ぞ知る魔界スポットとなっています。

通りから入ったところにある個人の私有地に、ひっそりと奥まってたたずむ井戸です。

静かにお参りしましょう。

 

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最後まで読んでくれはって、ほんまにおおきに〜〜ありがとうございます!