千利休の名言『一期一会』にみる茶の湯のこころ

千利休は茶の湯を茶道として大成した茶人として、また豊臣秀吉の政権を裏で支えたことでも知られています。

この記事では、千利休が残した名言「一期一会」に込められた思いと逸話をご紹介します。

千利休の名言『一期一会』はおもてなしの基本を表すことば

千利休の代表的な名言に、「一期一会」があります。

このことばには、茶の湯のこころが凝縮されています。

今日のこの出会いは、今日が初めてで最後かもしれない。

主人は真心を尽くして一服の茶を立て、客もその茶を心から味わう。

ひとときの時間を心を通わせて共にしましょうという意味です。

茶室で茶をふるまう
茶室で茶をふるまう

過去でも未来でもない、茶室で共にしている「今」は一度きりの時間です。

お互いに誠意を尽くして感謝しましょうという意味なのです。

茶室という閉ざされた空間で、縁あって招いた客と心を通わせて同じ時間を楽しむ。

豊かな時間は豊かな人間関係を結び、この先もしまた出会うことがあればその出会いは大きなものになるかもしれない。

だからどんな出会いもそのとき限りかもしれないと心得て大切にしましょう、という意味につながっていきます。

コミュニケーションのあり方や人との接し方で、参考にしたいことばです。

一服のお茶をいただく
一服のお茶をいただく

わたしも一期一会の言葉を胸に、何度も会っている友人と会うときも、会っている時間を大切にしたいと思います。

今は別に住んでいる親や子に接するときも、大切にしていることばです。

常に今が最後、と思って接すれば、自ずと思いやりを持って相手にやさしくできると思います。

千利休の名言は茶人としての心がまえから生まれた

千利休は稽古を繰り返すことの大切さをこんなことばで残しています。

「稽古とは 一より習ひ十を知り 十よりかえる もとのその一」

お稽古ごとに限らず、勉強でも仕事でも何度も繰り返し復習することで身につき自分のものになります。

繰り返すことで、新たな発見をすることもあります。

茶道のお稽古
茶道のお稽古、千利休は繰り返しておけいこする大切さを説いた

茶の湯を茶道として極めた茶人の千利休ですら、一つひとつの繰り返しと積み重ねで道を大成したのです。

おごらず、謙虚(けんきょ)に、ひたすらに、茶人として精進した千利休のシンプルだけど経験に裏打ちされた重みのある言葉です。

学問や芸術、道に近道はありません

偉大な先人にならい、何度も繰り返し自分の道を極めるまでに成長したい、とわたしも思います。

人間はことばで思考する生き物です。

先人の残したことばには知恵が詰まっています。

千利休の朝顔の逸話は究極のおもてなしであり、一種の賭けだった!

千利休の侘び寂びの美学を言い表す有名な逸話に、朝茶会の朝顔があります。

夏の朝、茶会に招かれた豊臣秀吉が千利休の屋敷に出かけてみると、庭の朝顔はすべて摘み取られています

豊臣秀吉は、招いておきながらこれはどうしたことかと訝しがって(いぶかしがって)茶室に入ると、薄暗い茶室には、一輪の朝顔がさも涼しげに生けられていました。

この心憎い(こころにくい)演出に豊臣秀吉は感心したいそう喜んだといいます。

路地に咲くアサガオ
路地に咲くアサガオをつみ取って、一輪だけを床の間に生けた

このエピソードは、天下人・豊臣秀吉をあっと驚かすにはどうもてなすか、おそらく考えに考え抜いて浮かんだアイディアなのでしょう。

客を迎えると決まった瞬間からおもてなしは始まっています。

朝顔をすべてつみ取ってしまうという大胆な引き算の美学で、おもてなしは大成功!

千利休のサプライズは秀吉を喜ばせたのです。

私には、千利休の計算ずくのおもてなしは、もしかすると豊臣秀吉を試していたのではないかと思えるのです。
この粋な計らい(言い換えると、回りくどくわかりにくい演出)が天下人のあなたには理解できるのでしょうか、と。

千利休ワールドに豊臣秀吉を引き摺り込もうとしていたかどうかはわかりませんが、少なくとも豊臣秀吉が千利休のセンスを理解してくれる感覚の持ち主であるかを試したのではないかと想像します。

千利休の侘び寂びとは?不完全なものや自然に美を見出した審美眼は千利休の人生そのもの!

当時の日本では、朝鮮半島から渡ってきた高麗茶碗(こうらいぢゃわん)などでもてなす茶の湯が流行していました。

織田信長は茶器のコレクターでもあり、名物茶碗などと称して好みの茶碗を収集し、武士たちにもその価値観を広めました。

織田信長が本能寺の変で明智光秀に討たれたあとは、あとを継いで天下人に成り上がった豊臣秀吉も同様に名物をコレクションしました。

しかし千利休は、茶の湯を大成する中で、侘び寂びという独自の美意識に基づいた価値観を打ち出し、黒茶碗など質素な雰囲気のものを好んで使いました。

割れた茶碗も、茶碗が割れるのは自然のことだからと、金継ぎ(きんつぎ)して使ったといいます。

侘び寂びは、日本人独特の感性、美意識が試されます↓

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侘び寂びをひとことで言い表すならば、質素な中に奥深い味わいや豊かさを感じる様(さま)をいいます。

整然と計算された美ではなく、自然のままにあるがままのたたずまいで、そこにある様子に美を見出しました。

ひなびた茶室
ひなびた茶室

千利休の封印された過去

これはあまり知られていないことですが、千利休は生涯で複数の妻を持ちました

その時代の商人は多数の妻を持つことも珍しくなかったのですが、千利休には生涯でも忘れられない出会いと別れがあったと、山本謙一の小説『利休にたずねよ』には書かれています。

千利休は、朝鮮半島から渡ってきた磁器の茶入れを生涯(しょうがい)、肌身離さず大切にしました。

その茶入れには忘れられない人との思い出がこめられていて、名物好きの豊臣秀吉にも決して見せませんでした。

千利休は人生の経験を重ねる中で、大切な人との悲しい別れを自身の茶の湯にも投影していったのではないかと、私は考えます。

悲しく美しい出来事は千利休にとってまさに一期一会の出会いだったのでしょう。

その出会いを自分の中で封印するために、千利休は侘び寂びに傾倒(けいとう)していったのではないでしょうか。

自分は不完全な人間だから人の痛みを理解したい、整って美しいものに憧れはあるが、それは過去のもの、もう戻ることはできない。

千利休の最期(さいご)は、政治への影響力の大きさと豊臣秀吉のうらみと嫉妬(しっと)をかって自害(じがい)に追い込まれた数奇な運命でした。

過去を忘れるために、美の基準を自ら探求して行き着いた先が侘び寂びだったのではないかと、わたしには思えるのです。

千利休の生涯に思いを巡らせると、一期一会という言葉にはそんな深い意味も込められていることがわかります。

質素、簡素という足りないものの中に味わいや趣きを感じ、枯れていく様子にはかなさという美を見つけ出した日本人独特の感性「侘び寂び」はこちらにまとめています↓

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