【にっぽんの芸能】太郎冠者が大活躍する狂言特集2020.8/28

2020.8.28(金)23:00 -23:55 NHK『にっぽんの芸能』で、太郎冠者(たろうかじゃ)が大活躍する狂言を集めたアンコールの放映がありました。コロナで演劇活動自粛前の2020年2月15日、国立能楽堂で上演された狂言のダイジェスト版です。

狂言の主役は演目によって変わり、主人が主役やったり太郎冠者(雇われ人)が主役になったりします。今回放映された演目は、太郎冠者が主人公の「太郎冠者もの」といわれる演目です。太郎冠者ものは、100以上ある狂言の演目の中でも、初心者にもわかりやすくて世界に入り込みやすいので、わたしも大好きです。

放映は終わってしまいましたが、この記事ではあらすじと見どころを紹介し、狂言に親しんでもらえるきっかけと参考になればいいなと思っています。

狂言・舟ふな(ふねふな)のあらすじ

主人とともに寺社にお参りに出かけた太郎冠者。舟つき場で船頭を呼ぶのに「ふなや〜い」と言うと、主人に舟を「ふね」と言うようにと注意されます。主人は太郎冠者の間違いを正そうとしただけなのですが、お互いに譲れなくなり対決はだんだん大きくなって・・・舟を「ふね」と言うのが正しいか「ふな」と言うのが正しいかで和歌から出典(しゅってん)を持ち出し、最後は言い争いになるお話です。

日本語は、次に続く言葉で舟を漕ぐ「ふねをこぐ」と言ったり、船遊び「ふなあそび」のように変化します。さて主人と太郎冠者、どちらに軍配が上がるのか。

たかが「ふね」ひとつからこんな大ごとに発展するなんて・・・!でもこのように言葉尻をとらえて揚げ足をとってくる人、いますよねぇ。そんなふうにつついてくる人を言い負かす痛快なお話です。

何より太郎冠者の堂々とした態度が気持ち良いですね。狂言全般に通じるのですが、太郎冠者は雇われ人でありながら主人にへつらったりへりくだるところがありません。主従関係にありながらも、気持ち的には同等の意識が感じられます。これもふだんの主従関係が良いからこそ、言いたいことを言えるのでしょう。

狂言・文荷(ふみにない)のあらすじ

主人から恋文を相手に届けるよう命じられた太郎冠者(たろうかじゃ)と次郎冠者(じろうかじゃ)。二人で順番に持ちながら先方に向かいます。軽いはずの手紙がなぜか重くなってきます。恋心の重荷などと劇中では話題にされ棒にくりつけて担ぎ、謡(うた)を歌いながら休み休み行くうちに、中身をみてやろうということになり、手紙を開けて読んでしまいます。

まぁ、なんというのぞき見趣味というか

それ今やったら、完全に「個人情報保護法違反」でイエローカードですよ〜〜><

手紙には、主人の愛しい人への恋心が切々と綴られていました。代わる代わる読むうちに取り合いになり、ついに文が真っ二つに破れてしまいます。そこへ主人が現れ・・・

とまぁ、太郎冠者と次郎冠者の野次馬根性が露呈(ろてい)した筋書きです。太郎冠者と次郎冠者は主人に雇われている従業員ですが、こんなゆるゆるな働き方ができていた時代とは!牧歌的でうらやましい!

主人に言いつけられた手紙を届けることさえできず、しかも中身をのぞき見した上に破ってしまうなんて。家来としてあり得ません、許されません、ふつうやったら!

きっとこれは太郎冠者と次郎冠者ふたりやったしできた芸当やと思います。共犯がいるから怖くない心理が働いたのではないかと。

狂言・清水(しみず)のあらすじ

主人からお茶会で使う水を汲みに行くよう言いつけられた太郎冠者は、山の中まで行くのが面倒なので途中で引き返して帰ってきます。鬼が出たと言い訳をして桶(おけ)を山の中に置いてきました。置き去りにしてきた桶を取り戻しに主人が山中の清水に出かけてみると、先回りして鬼に扮した太郎冠者が主人を脅します。しかし・・・

できたらめんどうなことはしたくない、仕事はラクにしたい、常日頃からそんなふうに思っている太郎冠者。山奥まで水をくみにいくのんなんてめんどくさいし、なんとかしてやらんでもええようにしたい、と考えた言いわけが「あのへんには鬼が出る」でした。

この気持ち、すっごいわかります〜〜 そやけどふつうはサボりたくてもそうできひん人が多いからなおのこと、鬼が出る〜って宣言して、面倒くさい仕事引き受けんでもええようにしてくれはった太郎冠者に拍手を送りたい!

そやけど、ものごとはそないうまく運ばへんもので、太郎冠者のなまけぐせをすべてお見とおしの主人は一枚うわてでした。チャンチャン♪ってなるんでした。

※この狂言で主人役を演じた善竹富太郎さんは、2020年4月に新型コロナウィルスで亡くなられました。心よりご冥福をお祈りします。恰幅(かっぷく)のよい体格で堂々と主人役を演じていらっしゃった富太郎さん、これからの能楽界の先導役として期待されていただけに、本当に残念で急なことで驚きました。

まとめ

太郎冠者は主人に対してもこびず自然体で、ひょうひょうと生きているところがすごいし、うらやましいなーって思います。そんなおおらかな狂言の笑いは、主従関係をはじめとした人間同士のつながりかたを私たちに改めて問いかけてくれます。

狂言は太郎冠者と主人の主従関係が「信頼」で結ばれているからこそ、安心して見ていられるんやと思います。

『にっぽんの芸能』今回のアンコール特集はどれも、初心者にもわかりやすくておすすめの演目でした。次はぜひ能楽堂で体感してみてください。

 

最後まで読んでくれはって、ほんまにおおきに〜〜ありがとうございます!